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名古屋高等裁判所 昭和28年(う)1131号 判決 1953年12月22日

控訴人 被告人 太田進開

弁護人 平岩忠次郎

検察官 片岡平太

主文

原判決中有罪の部分を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金三千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

但し、本裁判確定の日より三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中、国選弁護人矢島昌良、証人武井行雄、同太田安久、同山田英明、同滝戸晃に支給した分は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平岩忠次郎の控訴趣意書の通りであるから、これを引用する。

第一の事実誤認の論旨について

記録について案ずるに、原判決掲記の証拠を綜合すれば、原判示の各贓物故買の事実を優に認定することができる。殊に、本件の取引が夜間に行われた事実、他の会社従業員に気付かれぬように持ち出している事実と被告人の供述調書の記載によれば、被告人は、本件物件が贓物である情を知つていたと認めるに十分である。

又、原判決は、判示(二)の風車について、代金三千円で買い受けた旨を認定しているのであるが、被告人が山田英明に対して金三千円を支払つたことは明らかであり、仮りに売買代金の額が未だ決定していなかつたとしても、売買契約が成立して、物件の授受があつた以上は、これによつて故買罪は成立し、その売買代金額が確定していないということは、犯罪の成否には影響がないというべきである。従つて、原判決が既に支払を了した金額を代金額と認定したとしても、事実誤認その他の違法はない。記録を精査するに、原判決には事実の誤認はないので、論旨は理由がない。

第二の量刑不当の論旨について

記録について案ずるに、本件取引の数量金額、原判示(二)の物件が被害者に還付されている事情、被告人には前科のない情状、その他諸般の事情を綜合すれば、懲役刑について実刑の処断をした原判決は刑の量定が重きに失し、その執行を猶予するのが相当であると認められるので、論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条に則り、原判決中有罪の部分を破棄し、同法第四百条但書に従い、当裁判所において自判することとする。

罪となるべき事実及び証拠の標目は、原判決記載と同一であるからいずれもこれを引用する。

法令の適用を示すと、被告人の原判示所為は、各刑法第二百五十六条第二項罰金等臨時措置法第三条第二条に該当し、刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法第四十七条本文第十条に則り、重い原判示(二)の罪の刑に法定の加重をなし、罰金刑については、同法第四十八条第二項により、罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内において、被告人を懲役六月及び罰金三千円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、同法第十八条に則り、金百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、懲役刑については、情状により、同法第二十五条に従い、本裁判確定の日より三年間、その執行を猶予することとし、原審における訴訟費用中、主文末項掲記の分は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し、被告人に負担させることとし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 河野重貞 判事 高橋嘉平 判事 山口正章)

弁護人平岩忠次郎の控訴趣意

第一原審判決は事実を誤認した違法がある。

一、原審は公訴事実の中第一事実については証明不十分として無罪の判決をなしたことは至当であるが、第二、三の事実に対し懲役六月罰金三千円の判決言渡をなしたのである。

即ち被告人は、(イ)昭和二十七年十月上旬頃の午後七時頃岐阜県武儀郡上牧村武井製紙商工合資会社宿直室に於て右会社員山田英明より同人が右会社工場から窃取したものであることの情を知りながら二吋パルプ二個を代金千円で買受け、(ロ)同年同月中旬頃の午後七時半頃右会社事務室に於て前同様山田英明より同人が右会社工場から窃取したものであることの情を知りながら三菱三相四分の一モーター付風車一個を代金三千円で買受け、以て贓品の故買をなしたものである。とし、証拠として証人武井行雄の供述及証人山田英明、同臼井溢次の供述調書を援用している。

二、被告人は、山田英明は武井製紙商工合資会社(以下武井会社と称す)の社長武井行雄の上役で会社を支配していたから会社の支配権は勿論物品の処分権があるものと信じて買受けたものであると言うのである。山田英明は武井会社が事業に失敗し丹羽義夫なるものから会社所有の機械類を担保として百二十五万円を借受けた際会社の経営状態を監視するために会計係として来たものであつて、会計課長であり又取締役である。山田英明が証言しているように山田が会社の薪を注文し炭屋が薪を運んで来たのを武井社長が責任を負わんと言うたので、炭屋が薪を持ち帰つたので山田が武井に不満をいだき将来武井は会社の事に口を出さんでくれと云うたことがあり、又商人達が会社について武井行雄より私の方が上役であるような態度を取つていたので困つた事だと思つたと云うておる点から見て山田英明が武井会社へきた経緯、取締役であり会計課長であるから山田自身においても何となくその態度を表わしていたものと見るべく、従つて会社へ出入する商人も社長は武井であるが社長より山田の方が上役だと見たのは当然で独り被告人のみでない。一方被告人は一介の屑物商人である社会的の地位から云うても山田とは比較にならない。また会社は被告人としては商売上の得意先でもあつて会社の原料及物品の買入等は会計課においてなすのが普通であり殊に山田は会計課長であるから被告人として山田が会社の物品を売却処分する権利があると信ずるのは当然で何等疑う余地はない。それを会社の内部的には山田に処分権はないから会社のものを窃取したことになるのだという外観的から見た事実を何人も山田が社長の武井より会社における実権があり山田が会社のものを処分する権限があると見るに更に疑わない事実を独り被告人にその責を負わしめるのは正当でない。

三、公訴事実の中第三事実のモーター付風車は被告人が山田に七千円を貸与していたが返済して呉れなかつたのでその代金から差引く考えで買受けたが代金は三千円支払つたのみでその侭になつており代金は三千円と決めた訳ではなく右モーターは翌日トラツク便で臼井溢次の許へ送つたのである。その翌日の晩山田に三千円の金を渡すとき山田が少し値段を安く云うたので之は会社に黙つて売るのではないかと初めて怪しいと思つたので臼井の方へ電話で人目につかないところに預かつておいて呉れと頼んだと云うのである。被告人が臼井に対し二万円の「カタ」に取つたのであると云うようなことは商人間の商売上の術で怪しむこともなく只被告人としては山田に当時六千円の貸金がありそれにモーターの代金として三千円渡したのだから九千円を売却代金から得なければ山田に対する貸金と棒引にならんので斯く臼井に云うたものである。そうして山田に三千円渡すときに怪しいと思つたが時既にモーター付風車は臼井に向け発送後であつたので斯く臼井に電話をしたのである。

四、被告人が仮令パルプ及モーター付風車の所在を知つていたからとて何等奇異に感ずることはない。山田に会社の支配権及処分権があるものと信じていたればこそ山田に売却方を頼んだので商人である買主の被告人が売主である山田に頼むのは常識上から考えても当然のことで別に不思議ではない。

右の通り被告人が買取る際贓物たるの認識はなかつたと見るのが正当で従つて違法性はないのであるから原審判決は事実を誤認した違法の判決と謂わざるを得ない。

第二原審判決は刑の量定が不当である。仮りに前記所論は理由ないとして容認し得られないとしても即ち 一、前記所論の如く本件は有罪であるか無罪であるかは極めて徴妙な境にある事案である。二、被告人は原審に於て情状を立証するため提出した各歎願書によつて明かな通り性質温厚にして勤勉で素行も良く且正直である。それに前非を悔い改悛の情極めて顕著である。三、家庭は親子三人暮しであるが、妻きしえは昭和二十八年四月一子を分娩してから心臓神経症のため健康勝れず現在尚医師によりて加療中である。若し被告人が実刑に科せらるるにおいては被告人一家の生活は非常に困窮するに至るのである。四、前科なし。敍上の通りで原審は情状酌量して被告人に対し刑の執行猶予の判決をなすべきものである。実刑を言渡したのは刑の量定において不当であると信ずるのである。

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